11.たまには里の空気を
1)買い物
まさしくゴロゴロした土の上に置き並べられた商品を見ながら、賑やかに歓談するアズモニ(おばさん)達。
我々日本人の行動規制はあったが、同室のHさんを無理きり引っ張りだし、里への勇気ある一歩を踏み出した。
何処え出ても、カーキ色の作業服を着た人間は日本人だと言うことが直ぐ判ってしまい、好奇な眼差しが、こちらに向けられる。
買い物は忠北セメントの正面から数百メートル先に唯一の店が並び、 余りきれいとは思えないけばけばした物を揃えた雑貨屋
を初め、食べ物屋、洋服屋が七軒が軒を並べる。
雑貨屋は魚の干物、果実、日用品、それに洋服まで雑然と台の上に置かれている。
値引き交渉したが、首を縦に振らず、薄っぺらいテトロンのズボンを900ウオン、革手袋800ウオン軍手30ウオン、靴下130ウオン、
リンゴ5ウオン、梨30ウオンで購入する。
何れも正札は付いてないが、怪しい値段も言うがままに支払ったら、刺々しかった店主も、無理きり優しい顔をとり作っていた。
この革手袋、後日、雪に濡れ、手袋を外したら手は真っ黒に染め抜かれ、粗悪な染色技術に、ただただ驚かされた。
2)床屋にて激しい洗礼
自然に伸びる髪に、むさ苦しい姿をさらすのも恥と思いつつも、当地で大事な髪をどう扱われのかその腕裁きに虎刈り
覚悟の心配もあり、床屋の門を潜るのに勇気がいったが、余計な危惧であった。
3度目となるとすっかり顔を覚えられ、70ウオンで良いところを100ウオン渡すと、気前の良いイルボンサラム(日本人)と
一生懸命の愛想とサービスで応えてくれる。
少々待たされる時間を含め、たっぷりと2時間掛けて、じっくりと丹念に、やられる心地よさに、此処の店だけは里の刺々
しい雰囲気から開放してくれる。
但し、電気の無い里の中では不潔なことも我慢しなければならない髭を剃る前に、ストーブの煙突に直接あてがい、石鹸
のついたブラシを温めるが、煙突の部分が石鹸液で既に錆び付いているが、それを頬にべったりと塗り付けられ、
塗り付けられる石鹸にプーンとアクの強い苺の匂いが伝わってくるなど、思わず身構えてしまう。
「オーソシップシオ」の掛け声で、13〜4位の小僧さんの手招きで、ギロチンもどきの台に首を突っ込み、ギロチン台に手を
載せる情けない格好で待ち構える、ストーブにかけられたバケツの湯水をくみ出し、首の無いジョーロでおもむろに掛けら
れる。
石鹸を付けてから、思い切り体を預け、情け容赦なく力一杯擦られるが、終わった時はホットする位に激しい洗髪であった。
使われていたのが洗濯石鹸であることが判り、後にも先にも洗濯石鹸による洗礼は初めての経験、以降の床屋行きには
自前の化粧石鹸を持参し、これで洗ってくれと頼んでやってもらった。
やっと地獄のギロチンから開放され、再び席に戻る。目の前のグローブの様な手は明らかに霜焼けでむくんでいたが、そん
なこともお構いなしに自分の持ち場を懸命に働く小僧さんであった。
3)乗合バスとタクシー
立石里から堤川(ジェチョン)を結ぶ道路で、見渡す限りの
はげ山の殺伐たる原野である。
未舗装の荒れたガタガタ道に両脇に植えられた植林、
此処を乗合バスか、暴走するタクシーが運んでくれる。
赴任中にこの道を何往復したか、忘れられない道である。
立石里から1時間半の乗合バスで此処では大都会の堤川(ジェチョン)に出られる。
日本で乗る、市内巡回バスと同じ大きさであるが、車掌が3人も居る。
歳の頃18〜9のお姉さんであろうか、顔は厚化粧で塗りたぐり、真っ白いが、キップを切る手はグローブの表面の様なゴツゴツしたものであった。
すり切れた革鞄を肩から下げ、古びてテカテカに光る制服に頭はタオルで姉さん被りの出で立ちに、思わずこれで車掌と驚いてしまう。
飴をほうばり、口膨らます姿に恥じらいも無い。途中の停留所を告げるまでもなく、車の走るままに任せっきりであるが、外の風景を眺めながら
きちんと標識のない途中の停留所で客は降りていく、車掌とお客のアウンの呼吸は不思議でならない。
一方、朝鮮戦争の払い下げジープを改造し、早さを売り物に危険と背中合わせのタクシーが活躍し、堤川までは30分もかからず着いてしまう。
定員があるのか、無いのか、無理きり詰めて9人乗りもざら、半分壊れかかった車両を殆ど未舗装の道を飛ばすので、危険極まりない。
両手はしっかり把手を握りしめ、舌はかみ切らない様に口をギュット閉め、半身の構えで、前方をキッと見据え、災禍から身を護る姿勢は自然
に備わってしまう。
デコボコ道をお構いなしにバンバン飛ばすので、前車輪が外れ、コロコロ
田圃に一人歩き、車は勢い余って前のめりに突っ込んだり。
道路上の突起物に車体の底を擦り、ポキンと音を立ててそのまま動かなく
なったり、まあスリル満点の乗り物であった。

立石里から堤川間の往復区間ではエンスト、パンク、輪っぱの外れなど
度々の障害に麻痺し、少々のことでは驚かなくなってしまった。
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